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正統免疫学への復帰

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正統免疫学への復帰 Part.10

正統免疫学への復帰 Part.10
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(3)再び臨床医学のこと その2
20世紀の初頭にメチニコフが免疫の現象の本態が白血球の持つ細胞の貪食による消化力であるとしたのに対し、エールリッヒは白血球の作る液状の蛋白質による鍵と鍵穴の関係による抗原抗体反応であるとして論争したが、結局は両者が同じ現象の異なる側面であるとして共にノーベル医学生理学賞を受けたのが1912年でした。これが寄生微生物に対する免疫学の始まりである。伝染病や感染症に対する免疫学は、抗生物質が発見されるまでは、もっぱら抗血清療法とワクチンによって治療されたため、血清学と呼ばれていた。これが免疫学と改められたのは、約30年前にル・ドワランがウズラとヒヨコ(ニワトリ)の胎生期の神経堤を移植することに成功し、キメラを孵化させて、白血球の持つ組織免疫の働きを発見した時に始まる。これが自己・非自己の免疫学の端緒となったのである。ウズラの脳と神経堤をヒヨコのその部分に交換移植するとウズラの脳と羽を持つヒヨコが孵化誕生した。
胎生期には組織免疫系は遺伝子(MHC主要組織適合抗原)が眠っているので当然生着するのであるが、生着したウズラの脳と羽は、この雛が育つとヒヨコ固有の白血球によって貪食されて死んでしまったのである。それ迄の人類の共通の認識として脳に自己を決める固有の性質すなわち個性があると思っていたのであるが、その脳細胞が白血球に食われたので白血球が個性としての自己・非自己を決めているのだとしたのである。そしてこの白血球の持つ自己・非自己の認識システムこそが免疫システムの本態と思ってしまったのである。そしてこの移植手術時に胸腺を同時に移植すると排除されないことから、胸腺を持つ動物にはすべて自己・非自己を決める白血球育成システムを持つとしたのである。1985年頃には、世界的にエイズ・エボラ・インフルエンザ等ウイルス性の疾患が、文明生活の乱れとともに蔓延し、医学と生命科学の世界は混乱に次ぐ混乱の時代に入りました。ヒトゲノム解読計画がスタートしたのもちょうどこの混乱期の頃です。ゲノムが最も多い動物はヒトではなくて肺魚です。次に両生類で、これらは哺乳動物の数十倍のゲノムを持っています。土の中で生活するこれらの動物は、土中の細菌やウイルスを体細胞内に共生させているので、そのゲノムが遺伝子の中に組み込まれてしまうのです。つまりジャンクゲノムが数え切れないほどに存在しているのです。従ってこのヒトゲノム解読計画も、最初から大した意味は無かったのです。解からないよりは解読した方が良いといった程度です。遺伝子の解読よりは遺伝子がいかに発現されるかが重要なのです。
 

2017-05-22 10:24:12

正統免疫学への復帰 Part.9

正統免疫学への復帰 Part.9
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(3)再び臨床医学のこと その1
昭和46年に3年間の実験の研究生活から臨床医学に復帰しました。昭和47年には難治性疾患の医療費公費負担制度が出きました。1965年頃から世界的に経済が急成長し、技術革新の時代に入り、文明国人の生活様式が激変しました。ジャンボジェット機が、瞬く間に地球を縮小させ、石油の無駄遣いによるエネルギー浪費が顕著な時代となったのです。私は、この時期から臨床の治療医学を連綿と続けているので、ほんの40年前に流行していたサルコイドーシスや好酸球肉芽腫症、日和見感染症や自家中毒、SLEや膠原病、リウマチや喘息が、現在流行している疾患とどのように関連しているかを振り返って今日の立場から考えることができます。
ステロイド療法の誕生はセリエのストレス学説がきっかけとなっています。ストレスとは歪みのことで、体に歪みを作る刺激をセリエはストレッサーと呼びました。この中にはばい菌の感染も含まれていたのです。しかしストレス学説の普及とともにこの学説は微妙に変化して、ストレッサ-という言葉が消失し、ストレスという言葉が実体の定かでない「重圧・刺激」といった程度の漠然とした意味となり、訳のわからない病気はすべてこの漠然としたストレスが原因となって、脳下垂体―副腎系ホルモンが反応し体の歪みのバランスが破綻して病気が起るというように変化してきたのです。そして原因の特定されていないアトピー性皮膚炎、リウマチ、膠原病、SLE、喘息等に合成されたステロイドホルモンが投与され始めたのでした。風邪は万病の元といわれた頃の病気が実は日和見感染症や自家中毒症であり、これが慢性化したのがアトピー性皮膚炎やリウマチ、膠原病、喘息だったのです。
1980年代には抗生物質の乱用が極まって、耐性菌の感染が問題となり、やがてその院内感染症や手術後の感染症がクローズアップされるようになりました。
世界的経済の急成長と技術革新に伴って文明国の生活習慣も激変し、唯物主義と物質万能主義に毒されて質量のないエネルギーを無視する冷中毒と働き中毒、過労と骨休め不足、過食と短眠が横行したのです。これらの生活の乱れとあいまって、抗生物質療法とステロイド療法が普及したために、日和見感染症が劇症化したのが訳のわからない免疫病すなわち難病の本態だったのです。原因がなければ病気は起らない。すべての原因は訳のわからないストレスという言葉の一言で片付けて抗生物質やステロイドを闇雲に使用してきたのが、この40年間でした。
 

2017-05-09 10:42:19

正統免疫学への復帰 Part.8

正統免疫学への復帰 Part.8
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(2)ミトコンドリアのこと その2
ATP合成メカニズムは今日的に重要であるが、ミトコンドリアの変異発生に関する研究は38年前の私の研究以外には世界中で誰一人として行っていないのでここに詳しく記述する。酵母のミトコンドリアを使って、細菌の蛋白質合成を阻害する抗生物質クロラムフェニコール(クロマイ)と真核生物のそれらを阻害するシクロヘキシミドと、細菌の遺伝子発現を阻害するエチジウムブロマイド、細菌のDNA合成を阻害するアクロフラビン、細菌のRNA合成を阻害するストレプトヴァリシン等を巧みに使って呼吸機能を失った酵母ミトコンドリアの突然変異株のプチミュータントの発生の機序と原因物質を探る研究でした。
ミトコンドリアの蛋白質合成を阻害するクロマイでは一切ミトコンドリアの突然変異の発生は見られず、ただ呼吸が止まるだけでした。真核生物の蛋白質合成を阻害するシクロヘキシミドで高率にプチミュータントの発生が認められたので、各株の酵母にこれらの抗生物質を作用させた培養系におけるミトコンドリアのDNA、RNA、メッセンジャーRNA、蛋白質合成系のそれぞれの活性を観察比較して、ミトコンドリアのミュータントの発生する機序を考察した。その結果、ミトコンドリアのDNAポリメラーゼとRNAポリメラーゼが細胞質の核の蛋白質合成系によって作られており、これが酵母の核の細胞質蛋白質合成系(80Sライボソームによる真核生物型)を阻害するシクロヘキシミドによって合成阻害されてプチミュータントが発生することを示す分子生物学的データが得られた。
今日ではミトコンドリアが18億年前に寄生した原核生物の好気性のバクテリアであり、多くの寄生ウィルスや寄生細菌と同様に自身の増殖系機構のDNAポリメラーゼ等の重要蛋白質の合成系が核に移動していることが詳細に明らかとなっているのであるが、当時はこの成果は画期的なものであった。動物で一番大切なのが、細胞呼吸であり、この呼吸で得られたエネルギーで動物の細胞は日々生まれ代わり新陳代謝してリニューアルするとともに、動物が肺呼吸し、摂食し、成長し、睡眠し、排泄し、生殖をします。生命体の細胞の中で最も大切なものは核酸から成る遺伝子ですが、これも仮にミトコンドリアが働かなければ、どんなに立派な核があってもどうにも成りません。一粒の細胞内に遺伝子を持った数百数千と存在するミトコンドリアは18億年前に大型細胞に寄生した細菌型の小生命体です。この細胞内の小生命体の変異が核の遺伝子の蛋白質合成系の阻害で発生することを発見したのです。この研究の成果が40年後の「わけの解からない免疫病」発症の謎の究明につながるとは、当時は夢にも思いませんでした。
ミトコンドリアがエネルギー代謝の中心であることも当時解っていたが、まだこの細胞質内の小生命体が、まるで小さな小さな小人のホムンクルスの如く働いて、60兆箇の細胞から成る多臓器官共同体の連邦国家に相当する多細胞動物個体の全ての細胞群から成る多臓器官と組織細胞内の連繋機構を発生過程とともに、発育過程を通して構築し、個体が成熟し老成した後もこのシステムを運用していることは当時は思いもよらないことであった。ミトコンドリアに関する研究をまとめて学位論文を提出し、大学院を終了したのは昭和46年の春でした。その後制癌性の抗生物質のミトコンドリアに及ぼす影響についての研究を続けたが成果を得るまでには至らなかった。
 

2017-04-28 10:11:40

正統免疫学への復帰 Part.7

正統免疫学への復帰 Part.7
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(2)ミトコンドリアのこと その1
大学院に入って丸1年間は、口腔疾患という窓口を通して精神科を含むあらゆる科の疾患の患者の治療に昼夜取り組みました。このときに体得した臨床医学の諸知識はまことに貴重なものでした。臨床医学をみっちり学んだ後にいよいよ学位論文の研究を生化学教室で行うこととして、山川民夫教授のもとに出向したのが昭和41年の4月で、癌細胞の膜の成分分析を研究テーマとしました。この時は生化学教室の同期入門者は後に日大神経内科の教授となられた高須俊明先が研究生として入り、後に東大医学部放射線施設長となられた篠田邦夫教授と御茶ノ水大学を卒業されたM女子と私が大学院生として研修を始めこととなりました。四人揃った最初の抄読会の席で山下民夫先生が大変お喜びになって言われた言葉が今も思い出されます。たった四人しかいない新入りの前で「今年入った顔ぶれを見るとこの中から将来大仕事をしそうな人がいるから、これからが楽しみだね」と言われたのです。この時から私は誰もがやっている方法で研究したのではブレークスルーを拓く研究は有り得ない。三木成夫の発想のもとに誰も考えたことのない研究法を考案すれば自ずと大仕事が出来るという確信を得たのでした。そしてこの四人で基礎的研究実験を四・五ヶ月間にわたり習得しました。そのうちに東大医学部から大学紛争が勃発しました。1年にも及ぶ大学紛争のあおりでこのテーマの研究が中断されたのを機会に、当時最先端の研究テーマとして「ミトコンドリア器官形成に関する分子生物学―ミトコンドリアの突然変異発生の原因究明に関する研究」に変更しました。これが昭和44年のことですから今から38年前のことです。ちょうどラッカーがミトコンドリアの内膜にATP合成酵素複合体(ATP アーゼ)がキノコ状に存在することを電顕で示し「生命の素粒子」と表題して間もない頃でした。ミトコンドリアは、当時すでにAltmanという人が細菌の一種であり太古の時代の真核生物への寄生体であるとする説が出された頃でした。ラッカーの次のミトコンドリア研究で注目されたのがミッチェルの化学浸透共役説である。これは呼吸が膜をはさんで働くプロトン駆動力によってATPを生み出すというものである。1978年にミッチェルはノーベル賞を受賞している。その後はジョン・ウォーカーによってATPアーゼの原子レベルの構造法定でP.ボイヤーとともに1997年にノーベル化学賞を受賞している。ミトコンドリアは今日にもその重要性は認識されている。

2017-04-20 09:53:12

正統免疫学への復帰 Part.6

正統免疫学への復帰 Part.6
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(1)臨床医学のこと
 昭和40年代(1965年代)は、もはや戦後ではないといわれて10年が経過し、国民生活の上でも医学教育と国民医療制度のうえでも大きな変革期でした。出産と赤ちゃんの子育ては、わが国では医療体系としてよりは、古来からの伝承と母子の本能を中心とした産婆の制度と猿の子育てに似た伝統育児法が主体でした。1965年頃から米国型の産科医による出産とスポック博士の育児法と松田道雄氏のソビエト型保育園流の育児法が導入されました。
 医学では、明治・大正・昭和と連綿としてドイツ流の医学が踏襲されていましたが、この頃から臓器別のアメリカ医学が台頭してきました。ドイツ医学でも、眼科、耳鼻咽喉科、歯科口腔科・産科婦人科・皮膚泌尿器科等は臓器・器官別でしたが、アメリカ型のそれは、内科・外科もすべて臓器・器官別にするというものです。そしてドイツ型では、全ての科において病気は奇形、外傷、炎症、感染症、嚢胞・腫瘍、その他、というふうに原因に基づいたフィルヒョーの細胞病理学によって分類されていました。今世紀初頭のわが国も欧米先進国も国家の国民保健対策の主眼は伝染病つまりウィルスと病原菌に対する予防と治療対策でした。ところが戦時下で開発されたフレミングのペニシリンのおかげで感染症の様相が一変したのです。昭和40年頃には、わが国でも抗生物質の開発研究が進み感染症の治療が革新しました。ウィルス性の多くの疾患もワクチンにより克服されるとともに、日本脳炎もほぼ克服されたかに見えたのもこの頃でした。この頃に血液生化学検査法が開発され、種々の血液酵素値が示される時代となりました。この時期にようやく問題となってきたのが先の病理学分類で、その他に分類される一群の疾患です。これらは、機能性疾患とも言われ、体の使い方の偏りで生じたり、細胞の働きや代謝が変調したと考えられる疾患で、本当の原因がはっきりしない疾患群です。一方、明らかに感染性と考えられるものの、明確な特定の原因となる細菌が同定されない疾患として成人では、日和見感染症というのがあり、小児や乳幼児では自家中毒症、というのがありました。これらの疾患は、喉や口腔内、腸内の非病原性の常在性微生物によって発症する疾患です。またこの頃しばしば見られたリンパ節や特定の神経に結核菌によって生ずる肉芽種に近似した病巣を形成する疾患としてサルコイドージスがあり、顎口腔領域に腫瘍状に肉芽腫を形成するヒスティオサイトーシスX等がありました。ともに特定の細菌やウィルスが同定されず、原因となる微生物が不明であったのでX(エックス)なる名がつけられたりしました。これらの疾患にかかる患者の生活歴を詳しく調べると皆決まって短睡眠で口呼吸をしており、皆等しく体を酷使しており、冷飲料中毒で常に過労の人々でした。
 昭和45年(1970年)には、抗生物質の乱用による外科的感染症の陳旧化や原因が定かではないSLE(広範性狼瘡)や膠原病、リウマチや喘息が急増し、合成されたステロイドホルモンによる治療法が一般的になりました。5万人に1人といわれる難治性の疾患として潰瘍性大腸炎や多発性硬化症等が主としてステロイド療法の対象となりました。

2017-03-06 11:52:02

正統免疫学への復帰 Part.5

正統免疫学への復帰 Part.5
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す

わが国伝統の口中医と口腔科医とアメリカ流の歯科
 明治以前のわが国と中国には口中医が存在し、ヨーロッパも外科医に属する口腔科医が医者の中の医者として位置づけられているから、当然一般医科でもこの「脳下垂体-顎・口腔・咀嚼による細胞呼吸統御システム」すなわち「顔と口腔の医学」の最重要性は肌で感じていて重要視されている。日本ではアメリカ型歯科が口中医を無視してエリオットによって民間主導で導入されたが、これはペリーによりヨーロッパに先んじて日本攻略をはじめた米国が、南北戦争で動きがとれず英仏に後れをとったための苦肉の策であった。最初の医師免許国家試験の4号で歯科医師となった小幡英之助は、元来外科医となるはずであったので、わが国の伝統の口中医の制度の医師としてエリオットの歯科技術を身につけたうえで口中医となるべきであったのだ。エリオットは、南北戦当時外科と内科の軍医であったが、極東を医学で制覇する目的で、わざわざペンシルバニア大学歯科医学校へ行って卒業し、歯科の技術を身につけて日本に渡来し、我が国では小幡たった一人を弟子として「歯科」で受験させることで、その後のわが国の医療制度をアメリカ型歯科に変えることに成功したのであった。英之助は、時の慶応義塾長小幡徳次郎の甥であった。福沢諭吉も徳次郎も彼が歯科医となることには反対したという。「天は人の下に人をつくらず」と言った諭吉がアメリカで見た歯科医を「士分のする仕事ではない」と言って猛反対したのである。口中医は、日本でもすでに医者の中の医者であったので、緒方洪庵の適々塾出身の福沢も外科医として口中医歯科をやることには賛成したはずである。今日のイタリーでもこの領域の医者の称号はメディコ・ヒルルゴ(外科医)スペシャリスタ イン オドントストマトロジアであるからまさに日本の昔と同じ口中医である。エリオットはその後すぐに上海に渡り、中国に歯科技術を植えつけて英国に移り、最後はそこで王立医科大学の歯科の教授となった。当時米国でヨーロッパより医術ですぐれていたのは、くさった歯の処置法と入れ歯の作り方のギルドの教程をdentistryの学校としてヨーロッパより早くスタートさせた歯科だけだったのである。ヨーロッパの口腔科はstomatologyとして眼科・耳鼻科と同じ医学の体系の一つであるが、dentistryは、alchemy錬金術からchemistryが出来たごとくdenture義歯からdentistry義歯術、むし歯処置術がギルドの学校として体系づけられたものである。たとえて言えば、今日の「自動車学校」のようなものなのだ。
 

2017-02-23 18:35:35

正統免疫学への復帰 Part.4

正統免疫学への復帰 Part.4
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
 日和見感染症や「わけの解からない免疫病」の原因の学理的裏付けとは、低体温による脳蘇生の手術療法で、体温を3℃下げて手術し、術後平熱に戻したところ、重度の敗血症で死んでしまったということです。詳しく調べると、低体温では、自動的にパイエル板のM細胞から白血球内に大量の腸内細菌が入り、白血球は細菌を一切消化せずに培養器のごとくになった白血球が運び屋となって全身の脳から心臓、肺、腸管、内臓、皮膚、筋肉、骨髄に至るまでの60兆個の細胞群に細胞内感染症を発症してしまうのです。そこで低体温手術前に徹底的に腸洗浄をして、手術後も抗生剤を流しながらゆっくりと体温を上げていくと、後遺症としての「てんかん」(腸内細菌の脳内感染症による)も発症することなく回復するということです。これは林成之先生の講演から直接に聞いた話です。
 進化の研究から、冷血動物は腸内細菌が血液とともに体内をめぐる事が明らかとなっています。哺乳動物も、冷血動物から進化して来たため、冷中毒では自動的に冷血動物型に体中の細胞が腸内細菌に汚染される細胞内感染症が発症するということです。さて細胞内に多量のばい菌やウイルスが入り込む細胞内感染症では、細胞活動はどうなってしますのでしょうか?細胞内の中で核の遺伝子の次に重要なミトコンドリアは細菌に近い寄生体ですから、多量のばい菌やウイルスが細胞内に入り込めば、栄養や酸素を横取りされてしまいます。40年前のミトコンドリアの変異発生の条件である核の細胞質の蛋白質合成系が壊滅的に破壊されれば、ミトコンドリアは変異するほかに道がありません。ミトコンドリアがつぶれれば、その細胞は生きていても、まともに働くことは出来ません。細胞内の小生命体のホムンクルス(小人)はオフィスやお店で働くヒトと同じです。この人々が重病で動けなくなればそのオフィスはおしまいです。これが細胞レベルの免疫病の実態だったのです。
 原因がなければ病気は起こりません。哺乳動物の生命の掟を守っていればこそ、脊椎動物5億年になんなんとする進化が連綿と続いているのです。人類は600万年前に言葉を習得したために、哺乳動物として最も重要な鼻孔から鼻腔を経て後鼻咽腔にはまり込んでいる気管の肺までの連続性が失われました。生命で一番大切な運動が呼吸です。これは、どんな時にも完璧に保障されているのが哺乳動物の生命のきまりでした。これが、しゃべっている時、寝ている時に口で呼吸すれば、喉の温度が下がって、口内細菌や喉の常在菌が白血球に抱えられて体中を巡り、膵臓のランゲルハンス島細胞を汚染すれば糖尿病、関節細胞に巣食えばリウマチ、皮下組織の細胞に巣食えば、じんましんやアトピー性皮膚炎になるのです。冷中毒では腸のばい菌で体中の細胞がやられます。骨休め不足では骨髄造血が障害されて白血球の力が弱って腸内細菌が体中にはびこります。こうなると、細胞の内呼吸のミトコンドリアが駄目になって病気になるのです。
 

2017-02-17 09:50:03

正統免疫学への復帰 Part.3

正統免疫学への復帰 Part.3
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
 臨床に復帰して東京大学分院の歯科口腔外科(チェアー六台)を六年間まかされてこの期間に口腔科臨床医学のすべてをマスターしました。
 次の目標はアメリカで百五十年間繰り返し試みても失敗している歯の移植術・再植術と人工歯根療法の開発です。ともにヒドロキシアパタイトのセラミクス人工骨が実用化された時に訳なく完成しました。生体活性物質のヒドロキシアパタイト人工歯根を移植し、これに生体力学エネルギーを負荷して未分化間葉細胞の遺伝子を発現することにより、いとも簡単にセメント芽細胞と骨髄造血巣、線維組織と固有歯槽骨をその周囲に誘導することが出来ました。同様の手法で筋肉内で「人工骨髄造血器官」も開発しました。生体力学エネルギーが遺伝子の引き金を引く事で、従来皆目見当がつかなかった骨髄造血発生の謎が解ければ、あとは自然に進化の起こる機序と免疫系(生命再生力)の発生の機序が、ともに生体力学エネルギーによることも明示することが出来ました。
 咬合の崩壊などの通常の顎口腔疾患のほぼ全域の治療をマスターすると、「口呼吸」によって発生する日和見感染症や「わけの解からない免疫病」が、歯周病と同様に多因子性の疾患であるに違いないという確信が得られたのです。昭和55(1980)年頃には、疲労症で抗核抗体の高値、筋肉の無力症状、低グロブリン血症等の病名で、内科から口腔咽喉部に感染巣がないかとの照会がしばしばありました。一瞥してこれらの患者は重症の「口呼吸」者でしたが、「口呼吸」だけを改めても病状の回復はわずかばかりでした。必ず他に超多忙、寝不足(骨休め不足)、冷中毒、過剰スポーツ等がありました。これらはすべて不適当なエネルギーです。これらを総合的に制御すると劇的改善が得られるのでした。「口呼吸」と「冷中毒」等が何故日和見感染症や「わけの解からない免疫病」の原因となるのかという学理的裏づけは、意外なところから得られました。
 

2017-02-09 11:40:35

正統免疫学への復帰 Part.2

正統免疫学への復帰 Part.2
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
 病気には、複雑雑多な因子が複合して一つのまとまった傷病名がつく事も、歯周病の原因論を研究していた石川純助教授(後の北大教授)から修得しました。それ迄は、ばい菌の感染のみが歯周病の原因とされていたのですが、歯と顎を咀嚼機械と見て、歯並びや歯の間隙、歯の段差が機械の構造欠陥として病因となり、歯や顎に加わる力の加減でも、また、「口呼吸」でも歯周病が発症することを学びました。石川助教授に密着して実地歯科臨床を学び、学生時代に歯周病学をほぼ完璧に習得しました。「口呼吸」が哺乳動物で人類のみに可能な、人体構造上の最弱点である事をこの時身をもって体得しました。
 卒業後は二年間実地歯科口腔科臨床医学に専念し、三木先生の母校の東京大学医学部大学院に進むべく準備しました。医学研究は病気を治す治療医学が本流なので、臨床系の大学院に進み、丸一年間口腔と顔の医学を窓口としてあらゆる科の診療を経験し、治療医学の真髄に触れることが出来ました。
 大学院の学位論文のテーマは、山川民夫教授の生化学教室において癌細胞の脱分化現象の手がかりを得る目的で細胞分離に関する分子生物学的な研究を行うべく、細胞小器官のミトコンドリアに着目して研究生活を開始しました。これは若林一彦先生の指導によるもので酵母を用いて、生命体内の小生命体で細胞内呼吸を司る細胞小器官のミトコンドリアの変異発生のしくみを脱分化モデルとして分子生物学の手法で明らかにする研究でした。ミトコンドリアの変異発生が酵母の核の蛋白質合成系の阻害によって起こるというかなり重要な事実を発見し、これを学位論文として2年間の生化学教室での研究生活を終えました。

2017-01-31 11:33:17

正統免疫学への復帰 Part.1

正統免疫学への復帰 Part.1
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
 今日世界中の文明国で困っている難病や訳の解らない免疫病は半世紀前には、成人では慢性化した風邪症状の日和見感染症と呼ばれ、小児や幼児では自家中毒と呼ばれた疾患が、技術革新と経済の飛躍的発展の結果、哺乳動物としてのヒトの生き方を誤って道を踏み外した生活を続けたために劇症化し慢性化したものです。つまり口や鼻、喉や腸内の常在性の細菌やウイルスが体中を廻り、掃き溜めに蛆が湧く如くに体の器官や臓器・組織を構成する細胞群の中におびただしい数が入り込む細胞内感染症によって発症していたのです。このことを世界にさきがけて私が明らかにしました。  
 これまでの40年間の医学生命科学研究が実を結び、ようやくにして世界中で困っているわけのわからない免疫病発症の謎が究明されたのです。ここにこれまでの経緯を順に追って記します。
私が医学・生命科学に目覚めたのは、三木成夫の生命の形態学の講義を受けた時からです。「泌尿器と生殖器が、ともに血液の産物の老廃と過剰の栄養故に同じ管を使う」という生命形態の因果の理法に則った必然形態の法則を聞いて衝激を受けました。人体発生学で、ヒトの胎児の後鼻孔・咽頭部のつくりとサルの成獣のそれが同じであり、出生時にほぼ人類特有のつくりとなるものの、赤ちゃんの咽喉部は立体的構造で気管と連続しているためにお乳を吸いながら呼吸が出来るという事を知った時も、進化が従来考えられていたような有利不利仮説(ダーウィニズム)とはおよそ無縁の力学対応によるものとの確信が得られ、感激したものです。
 

2017-01-19 15:36:56

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