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正統免疫学への復帰 Part.6

正統免疫学への復帰 Part.6

正統免疫学への復帰 Part.6
破綻した「自己・非自己の免疫学(Pseudoscience)」を正す
 
(1)臨床医学のこと
 昭和40年代(1965年代)は、もはや戦後ではないといわれて10年が経過し、国民生活の上でも医学教育と国民医療制度のうえでも大きな変革期でした。出産と赤ちゃんの子育ては、わが国では医療体系としてよりは、古来からの伝承と母子の本能を中心とした産婆の制度と猿の子育てに似た伝統育児法が主体でした。1965年頃から米国型の産科医による出産とスポック博士の育児法と松田道雄氏のソビエト型保育園流の育児法が導入されました。
 医学では、明治・大正・昭和と連綿としてドイツ流の医学が踏襲されていましたが、この頃から臓器別のアメリカ医学が台頭してきました。ドイツ医学でも、眼科、耳鼻咽喉科、歯科口腔科・産科婦人科・皮膚泌尿器科等は臓器・器官別でしたが、アメリカ型のそれは、内科・外科もすべて臓器・器官別にするというものです。そしてドイツ型では、全ての科において病気は奇形、外傷、炎症、感染症、嚢胞・腫瘍、その他、というふうに原因に基づいたフィルヒョーの細胞病理学によって分類されていました。今世紀初頭のわが国も欧米先進国も国家の国民保健対策の主眼は伝染病つまりウィルスと病原菌に対する予防と治療対策でした。ところが戦時下で開発されたフレミングのペニシリンのおかげで感染症の様相が一変したのです。昭和40年頃には、わが国でも抗生物質の開発研究が進み感染症の治療が革新しました。ウィルス性の多くの疾患もワクチンにより克服されるとともに、日本脳炎もほぼ克服されたかに見えたのもこの頃でした。この頃に血液生化学検査法が開発され、種々の血液酵素値が示される時代となりました。この時期にようやく問題となってきたのが先の病理学分類で、その他に分類される一群の疾患です。これらは、機能性疾患とも言われ、体の使い方の偏りで生じたり、細胞の働きや代謝が変調したと考えられる疾患で、本当の原因がはっきりしない疾患群です。一方、明らかに感染性と考えられるものの、明確な特定の原因となる細菌が同定されない疾患として成人では、日和見感染症というのがあり、小児や乳幼児では自家中毒症、というのがありました。これらの疾患は、喉や口腔内、腸内の非病原性の常在性微生物によって発症する疾患です。またこの頃しばしば見られたリンパ節や特定の神経に結核菌によって生ずる肉芽種に近似した病巣を形成する疾患としてサルコイドージスがあり、顎口腔領域に腫瘍状に肉芽腫を形成するヒスティオサイトーシスX等がありました。ともに特定の細菌やウィルスが同定されず、原因となる微生物が不明であったのでX(エックス)なる名がつけられたりしました。これらの疾患にかかる患者の生活歴を詳しく調べると皆決まって短睡眠で口呼吸をしており、皆等しく体を酷使しており、冷飲料中毒で常に過労の人々でした。
 昭和45年(1970年)には、抗生物質の乱用による外科的感染症の陳旧化や原因が定かではないSLE(広範性狼瘡)や膠原病、リウマチや喘息が急増し、合成されたステロイドホルモンによる治療法が一般的になりました。5万人に1人といわれる難治性の疾患として潰瘍性大腸炎や多発性硬化症等が主としてステロイド療法の対象となりました。

2017-03-06 11:52:02

正統免疫学への復帰